夭折した不世出の画家

板倉鼎・須美子展 10月10日から

「よみがえる画家 板倉鼎(かなえ)・須美子展」が10月10日から11月29日まで松戸市立博物館で開催される(11月3日より約半分の作品を展示替え)。

板倉鼎「休む赤衣の女」の写真▲板倉鼎「休む赤衣の女」1929年頃 個人蔵

若くして世を去った松戸ゆかりの不世出の画家夫婦の生涯にわたる画業を150点の作品・資料により丹念に追った過去最大規模の回顧展だ。将来を嘱望されながら、あまりにも早く世を去ったために正当に評価される機会を逸したまま長く埋もれていた板倉夫妻の仕事を、ご遺族が大切に保管してこられた作品と関連資料の調査にもとづいて掘り起こし、光を当てよみがえらせようとするもの。近年ヨーロッパで発見された須美子の油彩画2点をはじめとする未発表作品15点や、夫妻が留学先から松戸の家族に書き送った手紙など、生活と内面を伝える未公開資料も見どころとなっている。

 

板倉鼎・須美子夫妻の写真▲板倉鼎・須美子夫妻(ハワイにて)1926年

板倉鼎と須美子の生涯

板倉鼎は明治34(1901)年、埼玉県北葛飾郡金杉村(現在の松伏町)に生まれ、幼児期に松戸に転居した。父は東葛飾郡松戸町一丁目(現・松戸市本町)で内科医を営んでいた板倉 太郎(ていたろう)、母はかつ。

幼いころから画家志望だったが、父には医者を継がせたいとの強い思いがあり、県立千葉中学(現・千葉高校)を卒業後、仙台の高等学校を受験するが、英語の答案を白紙で出し、不合格。父の逆鱗に触れ、家を飛び出して茂原市の親友を頼り、5日間ほど逗留した。

大正8(1919)年、18歳で東京美術学校西洋画科(現・東京芸術大学美術学部)に入学。フランス留学を希望していたため、フランス語の習得にも努めた。

 

板倉鼎「黒椅子による女」の写真▲板倉鼎「黒椅子による女」1928年 松戸市教育委員会蔵

20歳で第3回帝国美術院展(帝展)に「静物」が初入選し、このころから画業に反対していた父も軟化。

大正14(1925)年、ロシア文学者・昇曙夢(のぼりしょむ・直隆)の長女・須美子と結婚。須美子は17歳5か月だった。

翌年2月、念願かなって、フランス留学の旅へ。須美子との新婚旅行をかねた旅で、途中、ハワイ、ニューヨークを経由してパリに到着、ロジェ・ビシエールに師事した。しかし、3年後の昭和4(1929)年9月29日、歯槽膿漏による敗血症を発症し、急逝した。享年28。同年には、6月に生まれたばかりの次女二三(ふみ)が死去。須美子はパリに着いた後に生まれた長女一(かず)を連れて帰国するが、1月に一も死去した。

 

板倉鼎「金魚と雲」の写真▲板倉鼎「金魚と雲」1928年 千葉県立美術館蔵

須美子は、パリ時代に鼎のモデルを務めるかたわら自らも絵筆を執るようになり、鼎とともに美術展に出品している。須美子も昭和9(1934)年に25歳の若さで、肺結核により逝去した。

鼎は、古ヶ崎の水郷地帯がお気に入りの写生場所で、妹の弘子さんを連れてよく出かけたという。当時、古ヶ崎の坂川には多くの釣り人が訪れていた。鼎の父の友人と須美子の叔父が釣りの穴場で知り合ったことから、二人の縁談話が起こり、話はとんとん拍子に進んだという。帝国ホテルで行われた結婚式では、与謝野鉄幹・晶子夫妻が媒酌をした。須美子が卒業した神田駿河台の文化学院で与謝野夫妻が教鞭を執っていたこと、鼎が写生先の南房総の保田で知り合った歌人の原阿佐緒と与謝野晶子が交友があったという縁によるものだという。近年になって晶子が千葉県立高等園芸学校(現・千葉大園芸学部)で詠んだ歌59首が改めて注目され、同学部キャンパス内に歌碑が建てられた。同時期の出来事ではあるが、二人の結婚と晶子の来松が関係があるかは不明だ。

※参考文献=「板倉鼎 その芸術と生涯」(板倉弘子編著)、「企画展 松戸の美術100年史」(松戸市教育委員会)

 

板倉須美子「松の屋敷」の写真▲板倉須美子「松の屋敷」制作年不明 松戸市教育委員会蔵

板倉鼎の作風

パリ留学前までは、東京美術学校時代に培った写実的かつ温雅で保守的な作風をみせる。留学中は、それまでの教育によって得たアカデミックな表現からの脱却を目指し、イタリア古典絵画やエコール・ド・パリの作家たちから刺激を受け制作に励んだ。その結果、具象でありながらも、形が整理され単純化された明快な画面構図を獲得するにいたった。妻の須美子をモデルにした人物画や、果物、花などのモチーフを鮮やかな色彩が印象的な独自の作風で数多く描いている。

エコール・ド・パリとは、広義には20世紀初め頃のパリで活躍した一群の芸術家たちを指し示す語。狭義には1920年代を中心にパリで生活し、特定の芸術運動や流派に属さず、独自の芸術を開花させていった作家たちをいう。代表的な作家としてはモディリアーニやシャガール、藤田嗣治などがいる。

 

板倉鼎「風景 秋更け行く」の写真▲板倉鼎「風景 秋更け行く」1920年 松戸市教育委員会蔵

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同展は観覧料一般400円、高大生200円、中学生以下は無料。

同館は月曜休館。ただし、10月12日、11月23日は開館し、翌日休館。

開館時間は午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)。

問い合わせは、電話 384・8181。
【関連イベント】

■講演会「板倉夫妻を巡る文学者たち」
10月12日午後1時から2時30分まで。市立博物館講堂。無料。

■講演会「1920年代パリを生きた日本人美術家│藤田嗣治、板倉鼎・須美子」
11月3日午後1時から2時30分まで。市立博物館講堂。無料。

 

板倉須美子「ベル・ホノルル12」の写真▲板倉須美子「ベル・ホノルル12」1927~29年頃 松戸市教育委員会蔵

■ワークショップ「キミだけの南のくにを想像してみよう~すみこさんのハワイとキミが描く南のくに~」
10月25日午前10時~・午後2時~。全2回、所要時間各2時間程度。小学生対象。各回約15人抽選。保護者同伴可。応募方法など詳細は問い合わせ。市立博物館実習室。無料。

■ギャラリートーク「板倉夫妻、その生涯と作品」
10月17・31日、11月7・21日。午後2時から30分程度。市立博物館企画展示室。要観覧券。

■マサル・Wよろず展 10月25日まで。午前9時~午後10時。森のホール21アートスペース。無料。

■松延隆―モノクロームの世界―展 
10月28日~12月20日。午前9時~午後10時。森のホール21アートスペース。無料。

■シンポジウム「松戸の美術振興を考える」 11月22日午後2時30分~4時。松戸市民会館301会議室。定員150人(当日先着順)。無料。