松戸よみうりロゴの画像

>>>チューニング第771号〜第790号はこちら

>>>チューニング第751号〜第770号はこちら

>>>チューニング第731号〜第750号はこちら

>>>チューニング第712号〜第730号はこちら

>>>チューニング第691号〜第710号はこちら

>>>チューニング第671号〜第690号はこちら

>>>チューニング第651号〜第670号はこちら

>>>チューニング第626号〜第650号はこちら

チューニングtitle

2017年(平成29年)1月22日《第809号》

「X―ファイル」の新作を動画サイトで見た。14年ぶりの新作である▼旧作は1993年から2002年まで9シーズンが放送された。最初のシーズンでは、トランシーバーのような電話を使っている。パソコンも箱型のテレビ受像機のような感じ。新作では、もちろんスマホだ▼超常現象がテーマのドラマだが、柱となっているのが、UFOによる誘拐事件。子どものころ、UFOブームがあり、「目撃者」もけっこういた。屈斜路湖のクッシーにツチノコと、世の中は不思議であふれていた。でも今はUFOを信じていない。宇宙のどこかに地球外知的生命体は存在すると思うが、地球には来ていないと思う▼何光年という距離を移動する技術を得るには、気が遠くなるほど長く文明が続く必要がある。天文学者の故カール・セーガンによれば、惑星内にとどまっている地球人類の文明はまだ初歩的だという。恒星間の旅行ができるほど高度な文明を築いた知的生命体は、科学技術だけではなく、破滅的な戦争を回避するための高度な社会と思想を持っているだろう▼トランプ氏が米大統領に就任し、今年は欧州の選挙でも排外的な政権が樹立されるのではないかと危惧されている。人類の文明が長続きするためにも、大切な年になりそうな気がする。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)12月11日《第808号》

「42世界を変えた男」「ジャンゴ繋がれざる者」「あん」「リリーのすべて」。みな最近の映画だが人種や病気、性的マイノリティなど、真ん中に差別というテーマがある。差別はなくならないが、差別をしてはいけないという共通認識があるから、物語が成り立つ▼日本で女性が参政権を得たのは戦後になってから。西欧社会でも女性の参政権が広まったのは20世紀に入ってからだ。映画「赤毛のアン」の中で、アンの養母マリラが参政権獲得の運動をするシーンがあったと思う。原作は20世紀初頭に書かれた▼私が子どもの頃の洋画は違っていた。西部劇や戦争映画が人気で、勧善懲悪的活劇。アメリカ先住民(インディアン)やドイツ兵がバタバタと殺されていた。日本人が敵として出てこないことをいいことに、喜んで見ていた。先住民にとって、西部開拓者は侵略者。ドイツ兵にも守るべき家族があった。最近の映画では違った描かれ方をする▼世の中は少しずつ良くなっていると思いたい。ところが米国では、女性、有色人種、イスラム教徒への差別を平然と口にするトランプ氏が次期大統領に決まった。彼はツイッターを活用した。人間の暗い本音を醸成するネットの悪い面が出たのだと思う▼一時的な後退、揺り戻しであることを願いたい。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)11月27日《第807号》

取材で松戸の伝説や昔話について改めて調べている▼キツネやムジナにいたずらされたというほのぼのしたものもあるが、やはり特徴としては武士や合戦にまつわる少々悲しい話も多い。松戸は江戸の隣に位置していたのだから当たり前と考えることもできるが、実は松戸を含む旧下総国は武士の誕生と浅からぬ関係がある▼平安時代、桓武天皇のひ孫の高望(たかもち)が平(たいら)の性を受けて上総国に定着した。上総国は松戸がある下総国の南。房総半島の真ん中あたりを占める。高望の長男、国香の子孫が武士で初めての政権をつくった平清盛である。三男の良将の子が天慶の乱(935〜940年)を起こし、平親王を名乗った平将門。五男の良文の子孫が千葉氏となる▼紙敷に将門の上屋敷があったとする説がある。上屋敷が変化して紙敷という地名になったというのだ。千葉氏は後に源頼朝を助けて、鎌倉幕府の創設に大きく貢献した▼松戸市内で一番有名な城跡は小金城址で、現在はその一部が歴史公園となっている。この城の主だった高城氏も千葉氏の一族だと言われている。つまり、平氏である。高城氏は小田原の北条氏とともに豊臣秀吉に滅ぼされる。この時亡くなった小金城の二人の姫の悲しい話も残っている。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)10月23日《第806号》

小学校でも英語を教えるなど、低年齢での英語教育が始まっている。語学には得意、不得意があるようで、私はどちらかといえば後者のタイプだから、苦労した▼中学1年の担任の英語教師が嫌いだったため、いきなりつまずいた。父の機転により、当時はまだ珍しかった塾通いをして、なんとか凌いだ。高校に入るとまたついていけなくなり、2年浪人する原因となった。特に私立大学の入試は傾斜配点といって、英語の配点が大きく、合否を左右する。英語さえできれば合格できるんじゃないかと思えるくらい、極端な配点をしている大学もある▼私の得意科目は日本史で、配点が低い。入学してから、歴史や社会のことに全く興味のない学生に出会うたび、どうして英語ばかりが特別扱いされるのか、理不尽に思った。国語も語学なのだから、国語か英語の選択制でもいいのでは、とさえ思う▼社会人になる前から、英会話学校に通った。将来必要になるかも、と漠然とした不安に押された。お金と時間をかけた分、それなりにしゃべれるようになったが、30歳になる前に辞めた▼会話力を維持するのにも、お金と時間がかかる。結局、「英会話が必要な将来」なんて来ないし、自分にはこれ以上必要ないということが、分かったからだ。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)9月25日《第805号》

弊社では松戸商工会議所の会報誌も委託を受けて編集している▼今月号と来月号の特集は千葉県伝統的工芸品の製作者を取材して紹介するというものだった。松戸在住の方は8人いらっしゃる。下総鋏、江戸組紐、べっ甲細工、象牙彫刻、友禅染である。古くから伝わる手作りの技だ。しかし、時代の流れとともに仕事が減り、後継者がいない。自分の代で終わりという人がほとんどだった。技術は永遠に失われる▼「あなたの仕事は大丈夫でしょう」。そう言われたが、いやいや記者の仕事だっていつまであるか分からない。新聞や雑誌など紙の媒体はネットに押され、アメリカでは以前から仕事を失う記者が増えていると聞いている▼変わらないものなんて、なにもない。私が出版社で働き始めたころは、まだ活版印刷が行われていて、実際に鉛の文字をゲラという木箱に埋め込んでいく作業を見た。その頃は、これからは写植の技術を覚えないと仕事にならない、と言われていたが、街のいたるところにあった写植屋さんも、今ではほとんど見なくなった▼今書いているこの原稿だって、パソコンからパソコンにデータを移して印刷するだけだ。コンピューターは印刷における中間の仕事をことごとく奪ってしまった。諸行無常である。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)8月28日《第804号》

毎年中学生の長崎平和大使の帰庁報告の取材をしていると、いつも今の気持ちを忘れずに大人になってほしいと思う▼市内に何人中学生がいるのか知らないが、応募は40人足らずだから、決して多いとは思わない。応募したお子さんはきっと意識が高くて今回の経験を大切にしてくれると思う▼広島の原爆投下は6日の午前8時15分。長崎は9日の11時2分。長崎の投下が広島よりも約3時間遅いのには理由がある。B- 29爆撃機が最初に目指したのは小倉(北九州市)だった。ところが、小倉上空に来てみると雲が出ていて目標が確認できない。残りの燃料を考えて機長は基地に帰投するか、第二目標の長崎に行くか逡巡したようだが、ギリギリ間に合うだろうと判断して長崎に向かった▼私の母の実家は小倉にある。あるいは、私は生まれてこなかったかもしれない。私は大分で生まれ育ったが、社会見学など学校行事で長崎と広島の資料館を訪れた。とても重苦しい気持ちになった▼若い頃にスコットランド人の友人と九州を旅したことがある。長崎ではまず、原爆資料館を案内した。館を出た後、しばらく二人とも無言になった▼彼とはよく酒を飲んだが、昔、この人の国と日本は戦争をしたんだなぁ、と思うと不思議な気持ちがした。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)7月24日《第803号》

アパートの取り壊しのため、4月のはじめに引っ越してから3か月が過ぎた▼引っ越した後も気になっていたのが、アパートに残してきた外猫の存在。長くなるので書かないが、もともと私は安易なエサやりはしないほうなのだが、この猫の場合は成り行きで面倒を見ていた▼迷った挙句、この子を家猫にすべく、まずは家にいる他の猫たちに悪影響が出ないように、伝染病の検査をすることにした。外猫といっても、もうずいぶん私に慣れていたので、不意をついてヒョイっとカゴに入れて、病院に連れて行った。もう10年くらい外にいる猫なので、何らかの病気を持っている確率の方が高いだろうと医者も言う。私も、その場合はあきらめるしかないだろうと思っていた▼ところが、検査の結果は全くの健康体とのこと。伝染病も持っていなかった。検査には1週間ほどを要したので、とりあえずまだ家の中には入れなかった▼しかし、これがいけなかった。今度は私を警戒してつかまらない。結局、知人に猫用の捕獲器を借りて、まだアパートに残っている住人に託した。そして、その住人の引越しが迫った5月半ば、ついに捕獲成功の一報が▼猫本人はとんだ災難だと思っているだろう。でも、私はこの子には運があると思った。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)6月26日《第802号》

城跡の取材で流山に出かけた。花輪城と、今回は紙面の都合で紹介できなかった深井城を紹介するためだ。深井城は利根運河のほとりの台地上にあり、遺構の見つかっているところが何か所かあるので、探すのに苦労した▼流山街道は特に松戸側で路面が非常に悪く、狭くて交通量も多いため、流山に行く場合は江戸川堤防上にある江戸川サイクリングロードを使うことにしている▼もうすぐ運河の入り口という地点で、河川敷にスマホのカメラを向けている人がいた。見ると、なんと2匹のキツネがいるではないか。カメラの望遠レンズで確認すると、面長の顔に太いしっぽの、間違いなくキツネである▼私は九州の田舎で育ったが、タヌキを見たことはあるが、キツネを見たことがなかった。キツネはタヌキと並んで昔話によく登場し、稲荷神社では神様の使いとして祀られている。昔は人間の身近にいた動物だけど、今は絶滅してしまったのかな、とずっと思っていた▼さて、件の河川敷のキツネは地中にいるネズミか何かを捕まえて食べている。空を見ると一羽のオオタカが旋回している。キツネのおこぼれを狙っているのか。この2匹はつがいで、子どもが茂みの中に隠れているのかもしれない▼江戸川の自然は意外なほど豊かなのだ。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)5月22日《第801号》

ゴールデンウィークは大分県竹田市の実家に帰省していた▼熊本地震で大きな被害が出た熊本県南阿蘇村とは、阿蘇山を挟んでほぼ隣に位置している市だが、幸いにも大きな被害は出ていない様子だった。余震も、小さなものは続いていたのかもしれないが、滞在中に揺れを感じることは一度もなかった▼わずかの距離で、これほど状況が違うのかと、不思議な感じがした。大分県ではむしろ、湯布院や別府など、豊後水道に近い温泉地で被害が出ているようだった▼連休中に南阿蘇村を支援するためのボランティアセンターが、被害の少なかった竹田市内に開設された。熊本市には多くのボランティア希望者が訪れ、受付が始まるとすぐに定員になってしまったという。テレビのニュースでは残念そうにしている希望者の姿が映し出されていた▼そのお気持ちに感謝しつつ、ならば、九州を観光していってほしいなぁ、と思う。大分県では15万人、熊本県では18万人、九州全体では60万人もの宿泊キャンセルが出たという。観光地は悲鳴を上げている▼熊本市在住で、大分放送のラジオのパーソナリティをしている同級生がいる。被災して2週間休んでいたので心配したが、8日にやっと番組に復帰。元気な声が聴かれ、心底ホッとした。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)4月24日《第800号》

私の田舎は大分県竹田市というところで、熊本との県境に近いところにある▼熊本と大分を結ぶJR路線は豊肥本線といい、阿蘇の景色のいい場所を通っているため、ななつ星in九州のルートになっている。私も熊本周りで帰る際はこの路線を通る。急峻な坂を上るため、立野駅ではスイッチバックが行われる。この立野駅を過ぎると緑の谷を挟んで窓の向こうに東海大学阿蘇校舎が見える。「こんなところに大学が…」と通る度に少し不思議な気がしていた▼今回ニュースで知ったのだが、ここには農学部があり、2人の学生が犠牲になったという。お一人は18歳。恐らく今春阿蘇に来たばかりだったのだろう。もうお一人は20歳代だったと思う。いたたまれない気持ちになる▼仕事や結婚で熊本市に住んでいる友人もおり、メールすると、やはり大変な様子が伝わってきた。メールをするのも気が咎(とが)める▼実家に電話したところ、両親は無事な様子だったが、震源が移動して大分県にも被害が出ているというので、なんだか気持ちが悪い。長湯温泉のある直入という地域に住んでいる友人は水が濁っているので給水車が出ているという▼「熊本地震」という名前だが、大分にも被害が出ているのに、と思う。GWには帰省する。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)3月27日《第799号》

アパートが取り壊しになるため引越しの準備をしている。この会社に入社することが決まり、松戸市民となってから21年間を過ごしたアパートである▼この欄にも何度も登場した三毛猫のミンミンは弊紙に掲載された里親募集に出ていた子猫を読者からいただいたもので、昨年の3月19日に天寿を全うした。ミンミンはその生涯のほとんど全てをあのアパートで過ごしたことになる。人間で言えば100歳に近い年齢で、本当に幸福な猫だったと思う▼あまり感傷的になるのも辛いので、引越しの準備は努めて淡々と進めている。先日は駐輪場で長らく眠っていた中型のバイクを手放した。大学時代に購入し、青春時代を共に過ごした愛車である。セカンドユーザーがつく可能性があるうちに早く手放した方がバイクのためにもいいと分かりつつ、今まで手元に置いてしまった▼バイク買取で有名な某社に電話したところ上限25万円とのことで、若干期待したが、結局査定額は0円だった。トラックの荷台に積み込まれて運ばれていく愛車の姿を見ると、なんだか生きているようで、もっと早くお嫁に出してやればよかった、などと後悔した▼相手は機械なのに、どうしてこんな感情が湧き上がってくるのだろう。つくづく不思議なものである。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)2月28日《第798号》

今は「空前の猫ブーム」なのだという。ずっと昔から猫を飼い、常に身近に猫がいるので、何が、どこがブームなのかちっとも分からない▼ここでも何度も書いてきたように、私はラジオが好きで、暇さえあれば聴いている。ラジオのコマーシャルというのはウイットに富んでいて好きだったのだが、最近は一本が長くてしつこい。それに、毎日大量に流れる。「英語教材○○ラーニング」「過払い金の○○事務所」「痛みに効く○○湯」などである▼これに混じって、最近よく耳にするのが、猫と暮らすボクサーを題材にした映画のコマーシャルだ。このコマーシャルの猫の鳴き声は人工的で甲高い。私の周りでは、この映画のコマーシャルが唯一「猫ブーム」を感じさせるものである▼ある特定の動物がブームになると、ロクなことがない、というのが私の印象だ。テレビコマーシャルがきっかけでブームになったチワワ。漫画がきっかけでブームになったシベリアンハスキー。一時はよく見かけたのに、今はあまり見かけない。物ではないのに、なんだか背筋が寒くなるような悪寒を感じる。人気犬種だった犬が大量に捨てられていたという事件もたまにある▼今回の猫ブームとやらも、何も起こらずに終わってくれればいい、と思う。

▲ このページのTOPへ ▲


2016年(平成28年)1月24日《第797号》

今年は年明け早々なんだか慌ただしい▼株価の続落。インドネシアでのテロ。軽井沢でのスキーバスの事故。廃棄食品の横流し。ベッキーの不倫。SMAPの解散騒動。デヴィッド・ボウイの死。イーグルスのグレン・フライの死。甘利大臣の疑惑▼今年が始まってまだ3週間だというのに、これだけのことが起きている。申年というのは落ち着きのない年になるのだろうか▼個人的に一番ショックだったのは、TBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」がこの4月で終わるというニュースだ。平日の朝8時半から午後1時までの4時間半の生放送。なんと30年も続く人気番組だった▼ちょうど出勤時間とも重なるため、聴けるのは9時過ぎまでだったが、TBSラジオのヘビーリスナーで、時間があればラジオのスイッチを入れている私にとっては、たとえ聴いていなくても、その時間には悠里さんの声が流れているのが当たり前になっていた▼昨秋は土曜の朝にやっていた永六輔さんの番組が終了。この番組も24年半続いた老舗番組だった。世代交代の時期に来ているのだろうか▼永さんや悠里さんからしたら、私は子どもぐらいの歳。それでも歳をとったなぁ、変わらないものってないんだなぁ、と寂しくなるのである。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)12月13日《第796号》

12月8日は真珠湾攻撃の日。そしてジョン・レノン35回目の命日だった▼あれから35年が経ったのか、と思う。夕方だった。前の晩に徹夜でもしたのか、中3の私は自室で寝ていたが、弟が「兄ちゃん、ジョン・レノンが死んだで」と言って入ってきた。すぐには信じられなかった▼私が生まれたころがビートルズの全盛で、物心ついたころには既に解散していた。いつの時代もビートルズと太宰治は中高生の通る道であり、私も弟もビートルズは一通り聴いていた▼9・11ニューヨーク同時多発テロの後、極度に右傾化したアメリカで、一時イマジンが放送禁止(あるいは自粛)になった。死してなお、ジョンの歌は人々の心を揺さぶる。だれかがそれを恐れたのだろう。こんな時、ジョンだったら、どんなコメントを出すだろうと思うことが増えた▼ジョンはニューヨークで凶弾に倒れた。ヨーコ夫人と日本に住んでいてくれたら、今でもあの歌声が聴けたのに、と思う。そのアメリカでは今年も銃の乱射事件が起きている。なのに、銃規制が進む気配はない▼今年は「イスラム国」による日本人2人の殺害に始まり、パリの同時多発テロで終わろうとしている。世界の首脳はますます右傾化し、イマジンからは遠い世界になりつつあるようだ。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)11月22日《第795号》

NHKスペシャル アジア巨大遺跡「縄文奇跡の大集落〜1万年 持続の秘密〜」という番組を見た▼青森県の三内丸山には、巨大な6本の柱が並ぶ木造建造物や長さ32mもの大型住居が建ち並ぶ。芸術性の高い土器や神秘的な土偶、数千年を経ても色あせない漆製品など、縄文人の洗練された暮らしぶりは欧米の専門家から高い評価を得ている。さらに世界を驚かせているのがその持続性。本格的な農耕を行わず、狩猟採集を生活の基盤としながら、1万年以上も続いていた▼農耕文化は朝鮮半島まで来ていた。縄文人はそのことを十分に知りながら、あえて狩猟採集を選んだのではないかという。土中に遺された花粉を調べると、栗を植林し、人工の森を作っていたことが分かってきた。それが2千年前には本格的な稲作を始めている。その理由はまだ謎だという▼松戸は縄文遺跡が多い。遺跡の約8割が縄文遺跡だ。幸田貝塚の土器は国の重要文化財。松戸でも栗を植林していたことが分かっている▼弥生時代に入ると松戸の遺跡の数がぐっと減る。縄文海進といって、海が内陸まで入り込み、すぐそばまで海岸線が来ていたが、寒冷化で徐々に海岸線は遠くなったことが原因か▼豊かな縄文文化が松戸にもあったことに、ロマンを感じる。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)10月25日《第794号》

「戦争法案」「徴兵制になる」などの誤解がある…。国会を取り囲んだ10万人デモについて記者から感想を聞かれ、菅義偉官房長官が答えた。私も第三次世界大戦でも起こらない限り法的に徴兵制がひかれることはないだろうと思う▼しかし、今ささやかれているのは「経済的徴兵制」のことだ。高校を卒業した時に同級生が自衛隊に入った。陸上の選手で体力があるからだろうぐらいに思っていたが、今思えば経済的理由もあったのかもしれない▼田舎では、「自衛隊は戦争に行くこともないし、給料をもらいながら特殊車両や大型の免許も取れるから再就職する時も得だ」と言われていた。地元に大きな企業もなく、一番の職業先は役所の職員か学校の先生。あとは都会に出るしかない▼友人の長崎出身のカメラマンは、中学を卒業してすぐに陸自の少年兵となり、戦車を運転した。訓練だけでなく教育も自衛隊の中で受けたという。彼のお蔭で陸上自衛隊富士学校も見学できた▼米軍も志願制だが、リクルーターがまず行くのは貧しい若者のところだという。安保法案成立で自衛隊の活動が広がり、実際に犠牲者が出た場合、自衛隊を志願する人は減るだろう。格差と子どもの貧困が問題となっている日本では現実的問題なのではないだろうか。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)9月27日《第793号》

安保法案が国会で可決された19日の未明、私は私の信条に従い国会前のデモの中にいた。今までの人生でデモに参加したのはこれが初めて。私の中では大きな変化だった。デモ隊の最後のコールは「選挙に行こうよ」▼今回は私なりに様々な思いを巡らせた。初めて小林よしのりの本も読んでみた。本物の保守を自認する漫画家だが意外にも納得できる部分が多かった。右だ左だと言う前に、歴史を自分なりに検証してみたらこんな結論になりました、というストンと落ちる感じ。物心ついた頃から私はリベラルだけれど、小林さんとは話ができるな、と思った▼憲法違反の法案が通ってしまうという異常事態。違憲だと決め付けるな、と怒る人もいるかもしれないが、少なくとも疑義が出ていることは認めるでしょう。日本は法治国家で立憲主義なのだから、違憲か合憲かはっきりしない法案の審議が進んでしまうのは、やはりおかしい▼政府は中国の脅威をやたらと強調するが、私は冷戦時代のソ連のほうがよほど怖かった。参議院の審議で新たな問題点も出てきた。安倍首相が例示したホルムズ海峡や米艦の中の母子の例も取り下げたようだ▼では、なぜ法案は必要なのか。議論はまだまだ入口で中途半端。本当に必要なら納得させてほしい。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)8月23日《第792号》

その昔、松戸の前を流れる大河は「太日川(ふとゐがわ)」と呼ばれていた。平安時代に書かれた『更級日記』には「太日川というが上の瀬、まつさとの渡りの津に泊まりて夜一夜、舟にてかつがつ物などを渡す」という一文が出てくる。「まつさと」というのが、松戸のことで、松戸の地名が表れた最も古い文章としても知られる▼菅原孝標女(すがわらたかすえのむすめ)が、50歳を過ぎてから約40年間を回想して書いたもの。上総国の国府に赴任していた父菅原孝標が、京都に帰国することになり、13歳の娘が父について帰国する様子から書き始めている▼江戸川のうち、関宿から野田までは、江戸時代の初期に人力で掘削した運河だ。中世までの自然な川の流れでは、松戸の前を流れる大河は、利根川本流だった▼現在のように、利根川が銚子の方に流れるようになったのは、江戸幕府の大土木工事によるものだとする説があるが、定かではない▼しかし、庶民の間では明治になっても江戸川は長らく利根川と呼ばれていたと聞く。伊藤左千夫の「野菊の墓」には、矢切の台地から利根川が見えたというくだりがあり、当時はずいぶん遠くまで見えたんだなと思ったことがあるが、実は目の前の江戸川のことを指していたのかもしれない。

▲ このページのTOPへ ▲


2015年(平成27年)7月26日《第791号》

原発再稼働、沖縄基地問題、新国立競技場、そして安保法案。国民の多くがまだ納得していないことがゴリゴリ前に押し進められていく。これほどの「置いてきぼり」感を味わったことはない▼安保法案が衆議院の特別委員会で強行採決された15日は、朝からニコニコ動画で国会の生中継を見ていた。NHKが中継しているかと思ったらやっていない。トップが安倍首相に近い人なので、萎縮したのだろうか。こんなに重要な法案の審議なのに、以前のNHKなら必ず中継したはずだ▼ニコニコ動画にはコメントが入る。みんな安倍さんの応援団のようで、野党議員の発言に対しては根拠のない個人攻撃や中傷が目立つ。ここだけ見ていると、安保法案に賛成の人ばかりのように見えるが、各社の世論調査でも明らかなように安保法案には国民の7〜8割が反対か、懸念を示している▼安保法案が衆院本会議で強行採決された翌日、安倍首相は新国立競技場の計画を白紙から見直すと発表した。「国民の声に耳を傾けた」というようなことを言っているが、ならば安保も原発も沖縄にも耳を傾けるべきだ▼国会中継を見たのは強行採決を目に焼き付けるため。この姿を次の選挙まで忘れないために。私のような小国民にできることは、それしかない。

▲ このページのTOPへ ▲