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- カテゴリ: 本よみ松よみ堂バックナンバー
- 2015年6月28日(日曜)09:00に公開
- 作者: 奥森 広治
サスペンスの面白さで人間の深層心理に迫る
あなたが消えた夜に 中村 文則 著
著者の作品を初めて読んだ。芥川賞作家だというのは知っていた。そして、海外でも高い評価を受けているということも。芥川賞だから、純文学の作家なのかな。でも、私には純文学と大衆文学の違いがよく分からない。とにかく、純文学作家と思われる著者が、初めて警察小説を書いたという。そのことに興味を持った。文学的な推理小説なのだろうか。
生まれて初めてと言っていいほど、弾丸スピードで読んだ。面白い。深まる謎にどんどん引き込まれていく。短文の連なりといった文章が、著者の特徴のようだ。
主人公は、所轄の刑事・中島と捜査一課から来た若い女性刑事・小橋。
東京の小さな町で連続通り魔事件が起き、目撃情報からマスコミは犯人を「コートの男」と呼ぶようになる。所轄に特別捜査本部が設置され、所轄の中島と本庁の小橋がコンビを組まされ、地取り捜査(聞き込み)が始まる。
大きな事件が起こると所轄に本部が置かれ、本庁のキャリアが指揮を執る。本庁の刑事が幅を効かせ、所轄の刑事の意見はあまり聞いてもらえない…。最近はテレビの刑事ドラマでもお馴染みの設定になってきたが、著者はこのへんの構図も丁寧に描いてゆく。
程なくして中島と小橋は聞き込みの最中に不審な若い男を逮捕する。男はある事件について供述を始めるが、中島は最初から彼が「コートの男」ではなく、模倣犯だと直感する。しかし、捜査本部の上役たちは、事件の幕引きを急ぐあまり、彼を連続通り魔事件の犯人にしようとしていた…。
この小説の書き出しは、中島の悪夢から始まる。未必の故意。中島にはどこか遠い過去にうしろ暗いものがある。彼は出世に興味がない。だから、本庁の上役にどう思われようが関係ない。彼が刑事になったのは、自身の中にあるうしろ暗らさのためだった。
対照的に、小橋はどこかユーモラスな部分があって憎めない。中島だけだと、作品全体が暗くなってしまいそうだが、小橋が加わることで軽みが出ている。
様々な事件の関係者が登場する。そして犯人がなぜ狂気に至ったかが明らかになる後半を読むと、「悪」とか「魔」といったものは、わりと身近に潜んでいるものなのだなと感じさせる。人の醜さ、愚かさを感じる一方で、愛情なしには生きていくことのできない人の哀しさなど、いろいろと感じさせられるものがある。
前半はサスペンスの面白さで読ませ、後半は人間の深層心理と狂気に迫っていく重厚さで、さらに読ませる。