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「正義」か「独善」か。選択が未来を決める

橋を渡る 吉田 修一 著

橋を渡るの写真文藝春秋 1800円(税別)

「春―明良」「夏―篤子」「秋―謙一郎」「そして、冬」の4章立てで、最後に短いエピローグがついている。

「春―明良」は大手ビール会社の営業マン明良が主人公。「夏―篤子」は都議会議員の妻・篤子が主人公。「秋―謙一郎」はテレビ局のディレクター謙一郎が主人公である。2015年に起きた出来事…例えば、都議会のセクハラヤジ事件や香港の雨傘革命、マララさんノーベル賞受賞、安倍政権の武器輸出緩和、万能細胞など…を散りばめながら、それぞれの物語が語られ、「そして、冬」の章に来て意外な展開を見せる。

435頁という、なかなかの長編なのだが、「春―明良」を読み始めて、この作品のリズムに乗るまで少し時間がかかった。というのも、登場人物が好きになれない。以前に紹介した「横道世之介」では主人公の世之介を始め、ほとんどの登場人物に好感が持てたし、実際悪い人物は出てこなかった。

明良の妻・歩美はギャラリーを経営しており、朝比奈達二という画家志望の青年がしつこく絵を売り込みに来て、自宅まで訪ねてくる。ギャラリーで絵を見た歩美は朝比奈に「あなたは、もう結婚しているの?」と尋ねる。朝比奈は「ええ、もちろん。もう三十ですから。子供もいます。男として当たり前ですよ」と返す。こんなこりかたまった考え方の人に、いい絵なんて描けるのだろうか。歩美も「うちでは扱えない」と伝える。

少し私事を挟む。あるお祭りで、町会の人と世間話をしている時に、お酒も入っていたせいで、ささいな議論になったことがある。最後に言われたのは、結婚もしていない私のような半人前の人間にはなにも言う資格が無い、ということ。議論の本筋とは全く関係のない、私のプライベートな話がなぜ関係あるのかと釈然としなかった。

私は不倫をしている人が嫌いである。結婚しているのにパートナーを裏切って浮気をするくらいなら、ずっと独身でいたほうがまだマシだと思っている。

この作品の3章までには、必ず一人は不倫をしている人物が登場する。明良も人物は悪くないと思うのだが、実は不倫をしている。

この作品の中では、「正義」ってなんだろう、というのが隠れたテーマであるような気がする。不倫は嫌い。独身の方がマシ、は私の正義だが、それは私の価値観であって、経験したことがないから言えることなのかもしれない。決め付けるのは、独善かもしれない。

第3章の主人公、謙一郎は香港の雨傘革命を取材していて、「学生たちは民主主義を信じすぎてる」という言葉に出会い、戸惑いを見せる。民主主義でさえ絶対の価値ではないということか。安倍政権下で行われた武器輸出の緩和も、私は反対だが、安倍首相にとっては正義なのかもしれない。

いずれにしても、それぞれの選択が、未来を決めていくのである。