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オリンピック前年。「戦後」が残る横浜舞台に

横浜1963 伊東 潤 著

横浜1963の写真文藝春秋 1500円(税別)

東京オリンピックを1年後にひかえた横浜を舞台にしたミステリー小説。まだ戦後を色濃く残していた街が東京オリンピックを境に大きく変わる前の最後の風景。オリンピックがあったからといって「戦後」が消えるわけではないが、表面上は開発というオブラートに包まれる。しかし、見た目が美しく変わったからといって、人の心はそう簡単に変われるものではない。

主人公はソニー沢田という日本人とアメリカ人のハーフの刑事。ソニーの母親は売春婦で、ソニーは客との間にできた子だ。見かけはまるで白人。その外見から、ずいぶんと酷い目にもあってきた。神奈川県警は逆にその外見に利用価値があると判断して採用した。

海に女性の他殺体があがり、ソニーが捜査することになる。やがて米軍将校が容疑者としてあがる。日米地位協定が足かせとなって、なかなか容疑者を追い詰めることができない。

ソニーはこの被害者の女性・美香子に特別な同情を感じるようになる。美香子は北海道に生まれ、横浜の会社に就職して、海外で働くことを夢見て語学を勉強していた。有能な女性の未来が、事件によって断たれてしまった。ソニーの母親も有能な女性だったが、身体を売ることでしか生きる術がなく、やがて悲惨な最期を迎えた。美香子に母が重なって見えるのだ。

物語には、もう一人、主人公級の人物として、ショーン坂口という日系アメリカ人の米軍憲兵が登場する。ソニーとは逆に、見かけは日本人そのものだが、アメリカ国籍のアメリカ人だ。彼は、白人に逆らったらアメリカでは生きていけないということをよく知っている。黒人をはじめ、有色人種はみなそうだが、敵国となってしまった日本人は特にそうだ。軍の中では、いざという時に助け合わなければならないため、表面上は人種差別がない。しかし、白人の中には一定数の差別主義者がいて、それが時折顔を出すことがある。今回の事件にも、そんな差別意識が見え隠れする。

著者は1960年、横浜生まれとのことなので、63年の記憶はほとんどないだろう。周りから聞いた話か、調べたものを中心に当時の横浜を想像したのだと思う。私は1965年、オリンピックの翌年に生まれた。もちろん当時の記憶はないし、生まれた場所も違うが、小学校に上がったころでも、アメリカや白人に対する日本人の憧れは相当なものだった。当時の日本人は白人イコール、アメリカ人だと思っていたフシがある。テレビの「洋画劇場」が人気で、ほとんどがアメリカ映画だった。高級品をイメージさせるためのテレビコマーシャルには必ずと言っていいほど白人が登場した。そして、私の周りにも、実際の戦争体験を話してくれる大人がまだまだいた。

それが少し変わったのは、中学生のころ。「日米貿易摩擦」が激しくなって、怒ったアメリカ人が日本製の車やラジカセをハンマーで叩き潰しているニュース映像を見た。アメリカ人、意外に余裕がないな、と思った。

大学生のころ、英会話学校で、女性講師から「あんなの、国じゃぜんぜんモテないのにね」と言われるような男性講師が浮名を流していた。

最近はどうなのだろう。さすがに外国人というだけで、モテるということはなくなったように思う。ただ、英語コンプレックスは依然強く残っていて、英語をしゃべる必要のない人まで、高額の英会話教材を買っていたりする。

戦後70年がたっても、日米地位協定の壁があったり、関東の空も日本の航空機は自由に飛ぶことができない。本作は、そんな日本がかかえる矛盾とやるせなさを喚起する。

ただ、ミステリーとしては展開があっさりしていることが少し残念。ソニーとショーンの複雑な心境の描写ももう少し深みがあるといいと思った。