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宵山の一日 週末の過ごし方をめぐる物語

聖なる怠け者の冒険 森見 登美彦 著

聖なる怠け者の冒険の写真朝日新聞出版 1600円(税別)

 2009年6月から2010年2月まで朝日新聞夕刊に連載した小説を全面改稿した作品だという。初めての新聞連載で力が入り、1回1回を楽しんでもらえるよう努めたが、全体としては「建て損ねた家」になった。そこで改稿というよりも、あらたに長編をまるごと1本書いた。タイトルと登場人物は共通しているものの、まったく違う小説だという。私は新聞連載のほうを読んでいないので、どのように作品が変わったのか分からないが、読みながら、なんとなく著者が苦労しながら書いているなぁ、という感じはした。

  主人公は小和田君という京都郊外にある某化学企業の研究所に勤める若者。平日は黙々と仕事に励み、週末は独身寮の万年床で苔むした地蔵のごとくゴロゴロしたがる。「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」の改訂を楽しみにしている。

  京都の街には、1年ほど前から「ぽんぽこ仮面」という怪人が現れた。旧制高校の黒マントに狸のお面というヘンテコな格好のために最初はことあるごとに警察に通報されたが、やっていることは小さな親切のような人助け。徐々に認知されて、今では人気者になっている。この「ぽんぽこ仮面」がなぜか小和田君に自分の跡を継ぐように迫るのだった。

  この物語は祇園祭の宵山の日、土曜日の一日を描いた壮大な物語である。

  京都の街で人助けをしてきた「ぽんぽこ仮面」はなぜか追われる身となってしまう。大日本沈殿党や閨房(けいぼう)調査団といった謎の結社が迫り、浦本探偵と助手の玉川さんが正体を暴こうと後を追っている。

  この物語は、「週末をどう過ごすか」をめぐる物語でもある。

  小和田君は独身寮の万年床でゴロゴロしたい。「ぽんぽこ仮面」の活動も週末に集中している。浦本探偵の助手の玉川さんは女子大生で、平日は大学に通い、週末だけ探偵をしている。小和田君の会社の恩田先輩と、恋人の桃木さんは週末を徹底的に活用することに熱心で、二人のスケジュール帳は充実した週末を送るためのプランでびっしりと埋まっている。

  「聖なる怠け者」とは小和田君のことを言っているのだと思うが、はたして小和田君は怠け者だろうか。会社の上司の送別会の翌日に万年床でゴロゴロしたいと思うのは普通ではないか、と私は思う。ともあれ、バタバタと動き回っている「ぽんぽこ仮面」や玉川さんよりも怠けているはずの小和田君の方が真相に迫っていくあたりが面白い。

  この本を読んでいると、いろんなものが食べたくなる。「スマート珈琲店」の熱い珈琲とタマゴサンドウィッチ、無限蕎麦、謎のお酒テングブランなど。

  京都の街はこんなに不思議と妖しい空気に満ちているのだろうか。一生に一度は住んでみたいと思う。

  読み終えると、週末の一日というのはこんなにも貴重なのかと、心地よい疲労感につつまれる。本書は、やはり土曜の朝、家でゴロゴロしながら読むことをおすすめする。