クラウド アトラス:DVDジャケットの写真

日曜日に観たいこの一本

クラウド アトラス

 今月4日に大学の友人と高尾山に登った。9人のうち男女比はほぼ半数だった。高尾山に登り、中腹のビアガーデンで一杯やり、さらに麓の見知らぬ町でボウリングに興じた。ボウリングの後、またビールを飲んだ。仲間の中にひときわ霊感の強い男がいて、この季節、自然とそういった話になる。実は、私の場合、彼の話を聞くのはこの夏2度目だった。前号の「本よみ松よみ堂」で紹介した宮部みゆきの「あんじゅう」を読んでいたら、急に彼の話を聞きたくなったのだ。本当に「あの世」はあるのだろうか。彼が学生の頃から話していることが真実ならば、「あの世」は存在することになる。そのことを確かめたかった。

 登山とボウリングで疲れた体に冷えたビールはうまかった。私はこの夏彼に会うのが2度目だということを話し、「あの世があってほしいと思わないか」とみんなに問いかけた。笑われるかと思っていたが、意外にも答えはなく、同意の沈黙が流れた。

  もう40代である。死が間近にあるとは言わないが、その影を感じていることは、健康の話題が増えたことでもわかる。テーブルを囲む輪の中に既にガンの手術をした友人もいる。

 

クラウド アトラスの写真

  もし、あの世がなかったら。私たちの生命が単に今を生きて、そして終わるだけなら、なんだか寂しい。 今回の作品で描かれているのは、19世紀から文明崩壊後にわたる500年の6つの時代の6つの物語だ。時空を超えて、過去から未来まで、6つの物語が並行して描かれる。こういう作りの作品は、西欧ではたまに作られる(西欧の小説にもそういった構造のものがたまにあるから、そのためだろうか)。難解になりがちだし、個人的には敬遠したくなる作品だが、今回の「クラウド アトラス」はとてもよかった。基本的にSF好きの私にとって、6話中2話が未来の話というのが良かったのかもしれない。

  1849年の南太平洋。奴隷売買と航海の話。1936年のスコットランド。若い作曲家により「クラウド アトラス」という名曲が書かれるまでの話。1973年、サンフランシスコ。巨大企業の陰謀を暴こうとした女性ジャーナリストの話。2012年のイングランド。不当な監禁を受けた施設を仲間とともに脱走するある編集者の話。2144年、ネオ・ソウル。給仕係のクローンの少女、ソンミ451は人間としての意識に目覚め、やがて革命の旗手となっていく。そして文明崩壊後の地球。ある島でソンミは女神としてあがめられ、羊飼いの男と村人は食人種に怯えながら暮らしていた。この島に失われた文明を引き継ぐ女性がやってくる。

  それぞれの物語とそれぞれの時代がわずかな接点を持っている。同じ役者が何役もこなし、登場人物も輪廻転生のように各時代で生まれ変わる。特殊メイクのため、一見しただけでは同じ役者だと気付かない場合もある。物語も複雑なので、2度目に見て気づくことも多かった。上映時間も長いが、それぞれの物語がスリリングでよく出来ているので、飽きることはなかった。

  どの時代にもある、不平等や抑圧、そして自由への渇望。1973年の物語と文明崩壊後の地球の物語には原子力の暗い影が潜んでいる。深読みするなら、今の日本の影とも重なるところがあるようにも思える。

 【戸田 照朗】

  脚本・監督・製作=ウォシャウスキー姉弟/脚本・監督・製作・音楽=トム・ティクヴァ/原作=デイビッド・ミッチェル/出演=トム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒューゴ・ウィービング、ジム・スタージェス、ぺ・ドゥナ、ベン・ウィショー、ジェイムズ・ダーシー、ジョウ・シュン、キース・デイビッド、デイビッド・ギャスィ、スーザン・サランドン、ヒュー・グラント/2011年、米・独・香・シンガポール

「クラウド アトラス」ブルーレイ&DVD(初回限定生産)、税込3980円、ワーナー・ホーム・ビデオ