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移ろう時の中に見える亡き人のつながり

昨夜のカレー、明日のパン 木皿 泉 著

昨夜のカレー、明日のパンの写真河出書房新社 1400円(税別)

 若くして夫・一樹を病気で亡くしたテツコ(徹子)は、夫が亡くなった後もギフ(義父)と夫の実家で暮らしている。夫が亡くなった後、テツコには家を出るという選択肢もあったはずだが、今ではこの家での穏やかな暮らしが、かけがえのないものになっている。古い家の庭には銀杏の大きな木がある。ギフの妻・夕子も早くに亡くなったが、夕子もこの木を愛していた。テツコは夕子を直接知るわけではないが、そんな家に染み付いた温かみがテツコを離さないのかもしれない。

 物語は、テツコとギフをはじめ、一樹と夕子、隣家に住む一樹の幼馴染、テツコの会社の同僚でギフの登山の師匠となる山ガール、一樹の従兄弟、テツコの恋人・岩井などを中心とした物語が連作短編としてひとつの物語を形成している。この別々の物語が伏線のようにつながっており、後半に行くにつれ、次は誰の物語だろう、と期待しながら読んだ。

 何の予備知識もなく読んだが、著者は有名ドラマも手がけた夫婦の脚本家で、今作が初の小説だという。語り口が軽妙で、会話が多く非常に読みやすい。読みやすい小説が必ずしもいいとは限らないが、私はすぐにでも読んでしまいそうなこの本をゆっくりゆっくり読んでいった。読んでいる時間がとても心地よく、読み終わるのがちょっともったいないような気分だった。

 最初の短編に出てくる隣家に住む一樹の幼馴染をテツコとギフは「ムムム」とあだ名して、見守っている。ムムムは飛行機の客室乗務員だったが、笑うことができなくなり、会社を辞めた。客室乗務員なのに笑えない…笑顔が作れないというのは、実は笑うに笑えない話だ。深刻な背景のある話を、軽妙なタッチで描く。

 テツコとギフを中心に置いた話のようでありながら、実は亡くなった一樹が真ん中にいるような気もしてくる。登場人物たちのそれぞれの物語を読むことができる読者は、ある意味、神の視点で人と人とのつながりを、物語全体を見ることができる。世は移ろい、人は歳をとり、きのうと同じものは何もないけれど、亡くなった人が残したつながりを確かに見ることができる。