- 詳細
- カテゴリ: 本よみ松よみ堂バックナンバー
- 2015年4月26日(日曜)09:00に公開
- 作者: 奥森 広治
現代版「特高警察」に「正義の味方」が挑む
火星に住むつもりかい? 伊坂 幸太郎 著
書店でタイトルと装丁のイラスト(宇宙船かと思ったら風車?)を見て、伊坂幸太郎がSFを書いたのか、と思い購入したが、違っていた。タイトルの意味するところは、火星にでも行かなければ、この地球上にはもう逃げる場所はない、といったことのようだ。SFが来(きた)る未来を予見し、現代に警鐘を鳴らすものだとしたら、その意味ではこの作品もSFと言えるかもしれない。
舞台は現代の日本。警察庁の中に「平和警察」と呼ばれる部署が新設されていて、「安全地区」に指定された地域でテロ行為などを目論む「危険人物」を摘発し、取り調べの上、公開で処刑する。
「安全地区」は持ち回りで指定され、作品の中では千葉県と宮城県が選ばれている(伊坂さんは松戸市出身で、仙台市在住。千葉県や仙台市が作品の舞台になることが多い)。「平和警察」は、戦前の特別高等警察(特高警察)のような組織だ。「危険人物」として摘発された者は、取り調べという名の拷問で、危険人物だと認めれば処刑され、認めなければ拷問により死亡するか、自殺するしかない。連行されれば、死以外の選択肢がなくなるわけだ。裁判はなく、危険人物は駅前の広場で公衆の面前でギロチンにかけられ、斬首される。駅前には見物に多くの人が集まるが、そこに同情はなく、むしろ好奇の目で見ている。危険人物として摘発されると、直後から、あることないこと悪い噂がネット上に書き込まれ、市民は「悪いことをした人なんだから仕方がないよね」となってしまう。しかし、中世の魔女狩りと同じで、処刑されているのは無実の人である。だが、だれも冤罪(えんざい)を疑わないし、警察を信じている。密告が奨励され、住民が互いを監視している。「平和警察」の捜査官には、嗜虐心が強い者(サディスト)が選ばれるため、自分たちのやっていることに傷みや疑問は感じない。むしろ悦びを感じている。
こうやって改めて設定を書くと、ありえないな、荒唐無稽だな、と思うが、読んでいると現実味を感じるから恐ろしい。というのも、特定秘密保護法を作ったり、政府自民党がマスコミに圧力をかけたりしている現在の日本の姿が、チラチラと頭を過ぎるからだろう(著者がそういうことを意図していると言っているわけではありません。あくまで、私の感想です)。今やどんなこともありうる。著者の感性は鋭いと思う。
読み始めると、次々に場面が変わり、次々に登場人物が現れるので、「なんだ、なんだ」という感じで、頭を整理しながら読み進めなければならなかった。「平和警察」の理不尽極まりない実態が描かれていくので、最初はちょっと気分が重い。そこへ、バイクに乗った全身黒装束のヒーローが登場。で、読んでるこちらも救われた気分になる。「正義の味方」は誰なのか、その目的は? いや、「正義」っていったいなんだろう。謎や伏線が入り乱れて、エンターテイメントとしても最高に面白い。