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正しく食べていれば、正しく生きていける

初恋料理教室 藤野 恵美 著

初恋料理教室の写真ポプラ社 1500円(税別)

この本は2編の中編からなっている。

大正時代に建てられた古い京都の長屋にある料理教室。駅の近くには古い街並みが残り、老舗のお店が建ち並ぶ。舞妓らしい女性の姿を見かけたりして、観光地の雰囲気。しかし、一歩小さな路地に入ると、そこには人々の暮らしがある。情緒を感じさせる銭湯の隣の木製の黒い門構えの路地を入ると「小石原愛子の料理教室」がある。

この料理教室で土曜の夕方に開かれている男性向け料理教室が舞台。生徒は4人。4話の物語として4人のエピソードが綴られる。週に一度、料理教室という空間で出会っただけの仲間。だからこそ、つかず離れず、お互いにあまり立ち入らない人間関係の中で垣間見えたその人の人生や、それぞれの事情が明らかになっていく。

真淵智久は建築設計事務所に勤める建築家の卵。歳は20代半ばぐらいだろうか。偶然訪れた日曜日の図書館でレファレンスをしてくれた司書に恋をする。奥手なのか、智久はいまだに女生と付き合ったことがない。そのことを料理教室の仲間に話してしまったために、みんなから恋の行方について話題にされるハメになる。

フランスからやってきたヴィンセントは腕のいいパティシエ。勤めている店を辞めて自分の店を持とうとしている。自分を見出して日本へ誘ってくれた美しい女性社長への思い。料理教室で知り合った縁から智久に設計を依頼して、順調に事は進むかに見えたが、思わぬトラブルが発生する。

大学生のミキはなぜか女装をして料理教室にやってくる。ミキは姉と二人暮らし。お金がなくて進学をあきらめかけていたが、優しい姉は京都に転職してまで彼の進学を支えてくれている。姉弟は「家庭の味」というものを知らない。二人が子どもの頃に離婚した母親は、教師で「常識人」だった祖母に反発したのか、決して台所に立とうとしなかった。ミキは料理教室に通い、二人にとっての「家庭の味」を作ろうとしている。そんな二人が祖母の一周忌で久しぶりに母に会うことになる。

佐伯は彫金の優れた職人。長年連れ添った妻に料理教室に通うように促された理由が分からない。少々場の読めないところのあるミキから「熟年離婚の準備では」と指摘されたことを気にしている。ちなみに、実はミキが男性だということに気が付いていないのは佐伯だけで、ちょっと笑える。佐伯は妻の父に婿入りを請われて結婚した。義父は尊敬すべき厳格な職人だった。いつか義父に追いつきたいと頑張ってきた佐伯だったが、一方で、妻の方は見ていなかったのでは、という不安がよぎる。

4話の中でミキと佐伯の話が心に残った。

ミキの話の中に出てくる一文。

「愛子先生から教わった料理は、自分たちを支える芯のようなものだ。

正しく食べていれば、正しく生きていけるだろう。」

私の生活でもコンビニやスーパーの弁当の容器が溜まる時には、生活がどこか乱れている。目玉焼きでもいい、秋刀魚の塩焼きでもいい、簡単なものでも、自分でご飯を炊き、おかずを作っている時は、生活が清浄な空気の中にある。外食に比べたら、見た目には貧弱に見えるかもしれない食事だが、どうしてこんなに美味しんだろうと思う。

料理教室に通って本格的に料理を学んでみたくなる作品だ。