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- カテゴリ: 本よみ松よみ堂バックナンバー
- 2015年12月13日(日曜)09:00に公開
- 作者: 奥森 広治
サスペンスのゾクゾク感もありつつ、人生の深淵にも迫る佳作
十号室 加藤 元 著
4階建ての鉄筋アパート「コーポ中里」。各階に2世帯ずつ8世帯が暮らす。昔ながらの考え方で4号室と9号室は縁起が悪いからとしてなく、最上階は8号室と10号室が並ぶ。そして小さな陽の当たらない庭には枇杷の木が1本生えている。
10号室で一人暮らしをしていた森下悠子が亡くなった。
そして悠子の姪である詩乃(しの)が代わりに入居してきた。
悠子は詩乃の父の10歳以上歳の離れた姉。父の母親、つまり詩乃の祖母は早くに他界したために、悠子は母親がわりに家事をしながら、家計も支え、弟妹たちの学費を払い、病気がちの祖父を看取った。しかし、父はそんな姉の苦労を他人ごとのように語るだけで、あまり感謝しているようには見えない。
スナックを経営していた詩乃の両親は商売熱心ではあったが、子どもには関心がなかった。詩乃はその寂しさを叔母の悠子に話すことで自分を保ってきた。でも、悠子はいつも聞き役で、あれは会話だったのだろうかと詩乃は思う。
それでも、悠子は詩乃に10号室を遺していった。やはり想いはあったのだろうか。
詩乃が10号室に入ってびっくりしたのは、子供部屋が、昨日まで使われていたように残されていたことだ。
家族を支えることに若き日を費やした悠子は婚期を逃し、生涯独身だった。
自分の役目が終わると、悠子は弟妹との付き合いをほとんどしなくなった。アパートでも他の住人との付き合いはほとんどなかったらしい。つまり、悠子の後半生については誰も知らないのである。
コーポ中里の部屋はほとんどの部屋が持ち家で古い住人が多い。月に1度住人同士の「お茶会」が開かれ、一部の住民はよく交流している。ある意味「ムラ社会」なのである。
序章から終章まで8章だて。第1章から第6章までは1章に1人の住人を柱に物語が進む。それぞれの住人の人生と、その住人が垣間見た悠子の姿から、少しずつ悠子の人物像が見えてくる。そして、10号室に残された子供部屋の謎も明らかになっていく。
サスペンスのゾクゾク感もありつつ、人生の深淵にも迫る佳作である。
「誰だって、自分の選択が間違っていないと信じたい」「自分の選択が正しかったことを証明するために、他人の人生をとやかく判断するのは、どうかと思うけれど」。
悠子がある住人に語った言葉である。
住人の中には、「森下さんは気の毒よね」「ひとりで生きて、ひとりで亡くなって、さぞかしおつらかったでしょうに」などと言う者もいる。
でも、彼女の人生は本当に「気の毒な」ものだったのだろうか。そう語る住人の人生は本当に悠子の人生よりもマシなのだろうか。
そんなことは誰にも分からないし、誰にも言えない。