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スポーツ新聞舞台に先の見えないミステリーのような小説

トリダシ 本城 雅人 著

トリダシの写真文藝春秋 1750円(税別)

スポーツ新聞社を舞台に描いた小説。先の見えない展開は、どこか推理小説のようで、読みだしたら止まらない面白さがあった。著者はスポーツ新聞の記者から小説家に転身したとのことで、描かれるスポーツ紙の裏側にリアリティを感じる。

「トリダシ」とは東西スポーツのデスク鳥飼のあだ名だ。「とりあえずニュース出せ」と口癖のように言うので、陰でこう呼ばれている。

若いころから野球記者としてスクープを連発してきた鳥飼は、「影のGM」と記者仲間の間でささやかれるほど敏腕なのだが、そのなり振りかまわない取材方法で疎(うと)まれることも多く、内外に敵が少なくない。

結果的に誤報となってしまった、あるスクープ記事の責任を取らされる形で、鳥飼は親会社の東西新聞社会部に異動となり、数年後東西スポーツにデスクとして戻ってきた。慣れない現場で苦労した鳥飼は、とにかくスクープをとることに躍起になっていた若いころと少し違う凄みがある。

東西スポーツには当番制で3人のデスクがいる。鳥飼が東西スポーツに戻ってからは、当番の日のデスクがその日の紙面の全権を握るように変えた。だから3人のデスクの間でも秘密が多く、3人のデスクは自分の当番日にスクープを出させようとする。他紙との競争の前に社内でも競争があり、ある意味まことにチームワークが悪い。

ニュースをとってくる記者の方も自分の記事を大切に扱ってくれそうなデスクの日に温めていたネタを書こうとする。

鳥飼が主人公でありながら、7話からなる物語は、鳥飼以外の人物の目線で描かれる。スポーツ記者にあこがれて男くさいスポーツ紙に入ってきた女性記者・細谷、鳥飼とは少し遺恨のある遊軍記者・江田島、投手を引退後嘱託記者として入社した笠原、東西新聞社会部で鳥飼の同僚だった湯上、人気球団・東都ジェッツの球団広報・二村、東西スポーツのライバル紙・スポーツ東都のジェッツ番キャップ紀野、鳥飼と同じデスクの石丸。鳥飼をめぐる様々な人たちの立場から語られる物語は、スポーツ紙の世界を立体的に見せてくれるが、鳥飼という人物そのものはどこか謎に満ちている。一見下品で、自己中心的にも見られがちだが、筋の通ったところも垣間見せる。失敗の責任を部下に押し付けない。理不尽な裏切りに容赦しない。

あこがれて入ったスポーツ紙のネタが結局「金」「出世」「女」でできているとわかってがっくりきたり、親会社である一般紙から低く見られていたり、それでも記者たちはプライドを持って取材していたり、と企業小説ならではのあるあるネタも読者の共感を得るだろう。